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取材・文 : Kobou Kadota
写真:JET
「自己受容からの自己肯定」が強いラップを生む ――そんな信念をフィクションで描いた小説『ブリング・ザ・ビート』をたどった前編。今回の後編では、「リリシストとは何か」という問いかけから、ラッパーのリリカルな側面に光を当て、KEN THE 390の多様な活動の足跡を追う。一つひとつの今を繰り返しながら進化を続ける日々 ――強い自分を求める人に届けたい、もう一つのノンフィクションストーリー。

ーーラップというと、一般的には、速さはもちろんですが、即興性やライミングの巧さに注目が集まります。先日、初開催された、KEN THE 390 主催のラップイベント「LYRICIST GARDEN」(※)は、そうしたラップのまた違った側面にスポットを当てたイベントでしたね。
KEN THE 390 :リリック(歌詞)を書くときに、言葉の選び方・表現力・ライム構成・メッセージ性の強さなど、言語表現が特に上手で魅せることができる人をリリシストと言います。そんな『言葉を巧みに使う』こと ――表現力のほうで魅せる方にフォーカスしたイベントでした。
※「LYRICIST GARDEN」:2025年7月6日に渋谷eggmanで初開催された、KEN THE 390主催のラップイベント。KAIHO(OCTPATH)と、SUPER★DRAGONの松村和哉(Cuegee)、梅田サイファーからテークエム、KOPERU、DJ pekoらが共演。
ーーKENさんにとって、”リリシスト”というのはどんな存在ですか?
KEN THE 390:基本的に、みんなラッパーは、リリシストじゃないと成り立たないと思っています。僕がラップを好きになった20年くらい前は、結構『リリシスト』って褒め言葉で、よく使われてたんですよ。「あの人、リリシストだよね」みたいな感じで。「言葉で人を唸らせる力を持っているラッパー」みたいな感じに近いニュアンスかな。
ーー素敵な呼び名ですよね。
KEN THE 390:ただ最近は、時代の流れもあって「リリシストだよね」っていうポジティブな評価を、あまり耳にしなくなり、使う機会も減ってきたなと思ってたんです。ラッパーの褒め言葉として、とてもいい言葉ですし、もう一度、ここでクローズアップして使いたいと思いました。
ーー今回の「LYRICIST GARDEN」に出演された方で、特に、CuegeeさんとKAIHO(OCTPATH)さんは、普段あまりラップステージに上がる姿は知られていないですが、リリシストとしてはどう思われますか?
KEN THE 390:リリシストの視点というと、単純にCuegeeくんはラッパーの目線から見ても、ラップがすごくうまいです。巧みだし、ラップの表現としても、攻めている方だと思います。
技術もすごく使うし、表現も安易に伝わりやすい言葉を選ばず、ちゃんと自分の中で消化して、ろ過した言葉をうまく並べているような感覚があります。
去年、イベントで一緒になって、実際パフォーマンスを見たときに、音源は、すごい巧みなラップなのですが、それをちゃんとライブでも表現しきる力がしっかりあったから、普通に「かっこいいな」みたいな気持ちでシンプルにオファーしました。
KAIHOは、情熱的で自分の気持ちをすごくストレートに言葉に乗せつつ、でもその初々しさが、ポジティブに働いていると思うんですよ。
「ラップが好きだ」とか、「自分の気持ちをラップで表現してみたい」という気持ちが、すごくストレートに伝わってくるタイプ。
でも彼は、実際自分の声の太さとか、発声の強さとかはすごいしっかりしたものを持っているから、そういうフレッシュさや新鮮な気持ちが、そのままちゃんとラップに乗ってくるような良さがあります。
ーーKEN さんは、最近、小説はもちろんですが、本当に多方面でマルチな活躍をされていますね。「舞台ヒプノシスマイク」の音楽監督や、「進撃の巨人」ミュージカルでは、海外公演までも音楽プロデュースされていますし、それこそ、市民の方がふらっと来られるような町田の市民センターで、ラップ講義をされていたりとか。
KEN THE 390:基本的に、いろんなことをお願いされてやるのは嫌いじゃないし、可能性が広がるからいいと思っています。
ーーオーディション番組『PRODUCE 101 season2』では、審査員やトレーナーを務められましたよね。
活躍される場所に合わせて、いろんなところで、いろんなタイミングで人から知られていきますよね。そんな、いろんな見方をされることに対してどう思いますか?
KEN THE 390:あまり自分では意識してないですね。逆に、しないようにしてます。大事なのは、やっぱり自分がある程度のペースで曲をリリースして、ライブをしているということ。自分がまず「活動しているアーティストだ」っていう、軸を外さないようにしています。
ーー先生とか、指導的なポジションに立たれることも多いですよね。
KEN THE 390:トレーナーとか、音楽監督とか、もポジション的に人に指導をすることも多いので、それこそ振る舞いが先生とか大御所っぽくならないように、逆に意識して自分のポジションを「いちラッパー」だと思うようにしています。
ーーご自身の立ち位置を振り返られるということ?
KEN THE 390:ずっと、人に指導をしてると、僕ですら、なんか偉くなった気がしちゃうことがあって。立場上、ずっと言わなきゃいけないから言ってると、環境が自分をそういう人みたいに思わせようとするので。定期的に自分のリリースとかをして、そういう”大御所ムーブ”を取らないようにしたいなと思っています。
ーーかなり年代幅広く、お仕事としてプロデュースでもお付き合いされていると思うんですけど、どうやって導いてあげてるのでしょうか。
KEN THE 390:最近は、物を何か言ったり教えたりしなきゃいけない立場になってるから、僕は結構「褒め10に、指摘が3」くらいな感じで、言ったりすることが多いです。まずは、いいところを伝えてから、でも悪いところも言わないのも、愛がないから、直した方がいいことも言います。でも基本気持ちを盛り上げてあげたいので、口癖みたいに「いいね」って言ってますね。
ーーなるほど。意識して次世代の方に伝えていらっしゃることって何かありますか?
KEN THE 390:最近、自分が曲書いたりするときに、「自己受容」からの「自己肯定」が自分にとっても大事なことだなと思っています。
ーー「自己肯定感」というのは、昨今よく言われますね。
”自己肯定感”とすごく言われているけど、それって、いろんなことに目つぶって「俺はすごい」というよりは、至らなさも、愛してあげられるかどうか、諦めじゃないけど、「自分ってこういういいところもあれば、うまくいかないところもある。」とか、でもそれも理解して、うまく自分と付き合っていくことだと思います。
現代的な考え方ですが、それが一番生きやすいと思っています。
そういう”自己肯定”をラップとかで伝えられたらいいなというのが、結構、自分の中で大きなテーマとしてあって、それはラップに向いてると思います。
ーー挫折してしまった人とかに向き合った時に、いつもかけてあげる言葉とかはありますか?
KEN THE 390:それは、ちょっと難しいですね。
ーー難しいですか。
KEN THE 390:言葉がけが必要な人には優しくしてあげるかもしれないですけど、そうすることが正解かどうかもわからないと思っています。
ーー実際、KENさん自身は、挫折に対してどう向き合ってきたんですか?
KEN THE 390:僕は、振り返ると「挫折しているな」って思う瞬間はいくつかあるんですけど、その時の僕自身は、あまり挫折しているとまでは思っていないという感じです。楽観的なのかもしれないです。
まだ取り返せると思っているから、失敗したらドーンって落ち込む感じはあまりなくて、「やばい、失敗したから、なんとかしなきゃ」と、たいてい、慌てていたり焦っていたりする。
だから、あまり自分がその場で「挫折した」って自覚していることは、その当時はないですね。
ーーあとから気づくという感じですか?
KEN THE 390:今から思うと、あの時失敗してるし、なんか長い自分の人生の中に「あれ、挫折かもな」と思うこともありますが。
努力もそうですね。「あの時、頑張ったな」ってあとから気づきます。自分が好きでやってるから、その時は努力してる自覚がないんです。でもさすがに今の年齢になって、自分の昔の活動とか振り返ると、あの時頑張ってたなって思うけど。挫折もそれに近いですね。

ーーKENさんは、ライブでもステージによっていろんな顔を見せてられていますよね。ご自身のワンマンとかと、先日客演された戦極MCバトルとかでは、また全然違うステージングで。その日の客層によって変えていらっしゃるのですか?
KEN THE 390:基本的にお客さんによって違うというか、変えていくのが、もう染み付いちゃってます。
ーー無意識に?
KEN THE 390:ラップって、ライブの数がとにかく多くて。今はそうでもないですけど、僕も20代とかコロナ前ぐらいまでは、年間100本とかやってて。そうなると、やっぱりその場のお客さんに合わせてやるし、そうやって、自分としても”マイク一本で出て、その場のお客さんをちゃんとロックして帰る”みたいなのが、かっこいいな、という美意識があるので。
その場にいるお客さんとコミュニケーションして、そこを掴んでいくというのが、自分のラッパーの美意識として結構高い。
ライブによって、たとえ同じ曲だとしても、そこに合わせた表現をして、盛り上げ方も変わってくるのが自分っぽいかな、と思っている。そんなに意識しなくても、その場にいる人に合わせてる、という感じですね。
ーー意識せずとも、自然とそういう姿勢がにじみ出ている感じなんですね。KENさんのライブは、いつも、どこで見ても誰もが楽しめるライブという印象がしてます。
KEN THE 390:ありがとうございます。
ーーこれから1年、力を入れていきたい方向性などはありますか?
KEN THE 390:今、いい感じで、自分のキャリアを重ねて、新しいことにチャレンジさせてもらう機会を多くいただけているので、それを一つ一つちゃんとやっていくことが、次につながっていくと思っています。今まだ世の中で出ていない提案してるプロジェクトとか、比較しているものがいくつかあるのですが、それも含めて、いい意味であまり考えすぎずに、今あることを全力でやっていきたいですね。
あとは、あくまでラッパーKEN THE 390として曲を出してライブするという、ベースをちゃんと保ちながらですが、今のキャリアじゃないとできないことをやりたいと思っています。
ーーたとえばどんなことでしょうか?
KEN THE 390:ヒップホップやラップを使って世の中にアプローチしていく。そのための手段をこれまでの方法に限らず、もっと広げていきたいなと思っていて。いろいろ計画しています。
ーー今年2月に「Last Note」というアルバムを出されて、あの時は、「もし、これが最後のアルバムになったら」というコンセプトで制作したと伺いましたが、いまは音楽的にはどんな方向に向かいたいと考えていますか?
KEN THE 390:ちょこちょこ考えてはいるけど、まだ形までなってないかなって思います。ある程度まとまった作品にしてそれを出していく、という感じがいいかなって思っています。
ーー最後だと思って出し切ったあと、次って何をやりたくなるのでしょう?
KEN THE 390:前回のアルバムはわかりやすく「Last Note」というタイトルだったんですが、基本、アルバム出した時は、いつも絞り切ってるんです。でも、走ってる車は急に止まれないのと一緒で、アルバム出した直後ぐらいまではまだ制作意欲が結構グーンと上がっていて、それが終わった今ぐらいが一番制作意欲が抜けているんですよ。
ーーいまは、いったん落ち着かれている感じなんですね。
KEN THE 390:前回作った後にいろいろ浮かんだアイデアノートみたいなものがあるから、それを形にすれば、次のとっかかりにはなるけど。でも今は、自分のことはいったん置いておいて、他にいろいろ曲自体をずっと監修しているものとかがあるから、それを作り続けているんです。
もうちょっとしたらエンジンがかかって自分の作品を書き始める。そういうのを何度か繰り返しているから、今回もそうなるんじゃないかな。
ーー「Last Note」が集大成というわけではなく、これまでの”繰り返し”をしてきた中のひとつだということでしょうか?
KEN THE 390:そうだと思う。スポンジをいったん絞り切らないと、次のは吸収しない。あんまり次のことを考えずに全部出して、時間が経つと、だんだんそこがまた出した分、満ちたりてくるみたいな感じです。
ーーそうなんですね。では、「Last Note」を聴きながら、次を楽しみに待っています。ありがとうございました。
KEN THE 390主催の音楽フェス「LYRICIST GARDEN」で共演した OCTPATHのKAIHOさんに、リリシスト・KEN THE 390 の魅力について伺った。
ーーKEN THE 390さんの楽曲の中で何が1番好きですか?またお気に入りのリリックがあれば、教えてください。
KAIHO:僕が、オーディションで初めて世の中に向けてラップをやらせてもらったのが、KEN THE 390さんの「インファイト」(※)でした ―「成功やどんな失敗も すべて無駄なんかじゃないよ、インファイト」というリリックが好きです。
※「インファイト」:KEN THE 390の楽曲。2017年11月15日に配信リリースされ、ERONE、FORK(ICE BAHN)、裂固、Mr.Qが参加。のちにKAIHO(OCTPATH)も出演した『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』のラップ課題曲としても使用された。
僕自身、オーディションを経て、最終的に落ちてしまったんですけど、それが失敗じゃなくて、トライアルだったんだな、みたいな。むしろ成功へのカギだったんだなって思わせてくれるので、すごく大切にしている歌詞です。
ケンザさんのラップの中には、本当にたくさんいい歌詞があるんですけど、どれも隣でそっと後押ししてくれて、ささやいてくれてるような安心感があるんですよね。
「こうだよ」「ああだよ」って言われるんじゃなくて、「一緒に進もう」みたいな。僕はそういうふうにケンザさんの歌詞を捉えてるので、本当に、ふと聴きたくなる音楽です。

KEN THE 390『Last Note』
➤楽曲🔗 https://linkco.re/TXXtaxDh
Artist : KEN THE 390(ケンザサンキューマル)
Title : Last Note (ラストノート)
Release : 2025.2.19
Cat.no. : DBMS-055
Format : 初回限定生産盤 (CD + DVD + 24P BOOK(トールケースサイズ)デジパック仕様) / Digital
Price : CD 12000円 (DREAM BOY MUSIC SHOP / 販売店 Link)
-Track list-
01. All Day, All Night (Last Note Remix)
02. OK
03. 乾杯 feat. おかもとえみ,SKRYU
04. Nothing But You feat. Aile The Shota
05. Dreams feat. JAY’ED
06. Birthday Cake (Last Note Remix)
07. The Game Is Over
08. そこだけじゃない
09. Love Myself
10. Keep Thinking
11. Gift
12. Back City
13. Story
14. 種を撒く


「CITY GARDEN 2025」
2025年10月18日(土)
OPEN 13:00 START 14:00
■LINE UP
梅田サイファー
CHICO CARLITO
Fuma no KTR
Bimi
TOKYO 世界
Vacchus(TATSUAKI×Fuga)
Cuegee
KAIHO from OCTPATH
Jene × DJ RION
Presented by KEN THE 390
■会場
豊洲PIT
(〒135-0061 東京都江東区豊洲6丁目1-23)
■ チケット
<一般発売>
・イープラス https://eplus.jp/citygarden/
・チケットぴあ https://w.pia.jp/t/citygarden/
・ローソンチケット https://l-tike.com/city-garden-2025/
・楽天チケット https://r-t.jp/citygarden
※別途 1 ドリンク代、4 歳以上チケット必要。
※座席形態:全自由
■お問い合わせ
SOGO TOKYO : 03-3405-9999 (月~土 12:00~13:00/16:00~19:00※日曜・祝日を除く)
http://www.sogotokyo.com/
【注意事項】
客席を含む会場の映像・写真が公開されることがあります。
U-18割について、4~18歳迄対象、イベント当日、年齢を証明できる顔写真付き身分証をご持参ください。
身分証を忘れた際は、差額を頂戴する場合がございます。
KEN THE 390(ケンザサンキューマル)

ラッパー、東京都町田市出身。音楽レーベル”DREAM BOY”主宰
フリースタイルバトルで実績を重ねた後、2006年にデビューアルバム『プロローグ』をリリースし、以来12枚のオリジナルアルバムを発表している。全国ツアーだけでなく、タイ、ベトナム、ペルーといった海外でもライブを開催し、グローバルな支持を集める。
テレビ朝日「フリースタイルダンジョン」では審査員として出演し、鋭いコメントとその洞察力が話題を呼んだ。
近年はさらに活動の幅を広げ、主催フェス「CITY GARDEN」の開催や、「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage」「『進撃の巨人』-The Musical-」での音楽監督を担当。また、「PRODUCE 101 JAPAN Season 2、Season 3」ではラップトレーナーとして参加するなど、HIP HOPを軸とした多岐にわたるプロジェクトに挑戦し続けている。
公式HP:https://www.kenthe390.jp/
楽曲:https://www.tunecore.co.jp/artists?id=199838&lang=ja